引き算で

kapiolani

 

青と緑だけの写真。

例えば写真を撮る時にも、「引き算」するといいのかも。

いかに余分な要素を引き算するかで、良い部分が明確になってくる。

ひと昔前までは、何でも「足し算」して価値を上げるという風潮があった。

パソコンや車や家電製品、雑誌の表紙デザインや製品デザインもそう。

「足し算」を付加価値だと思い込んで、必要ない機能やデザインまで付加してしまう。

 

本当に必要な機能が、他にはないほど優れていて使いやすい方がいい。

素材そのものの味を深く味わえる料理の方が、具ばかりやたら多い料理よりも美味しい。

途切れることのないシンプルなラインを活かしたデザインの方が美しい。

やたらボタンの多い家電よりは、シンプルで直感的に操作できる方が心地良い。

広く浅く上辺だけ紹介する情報より、あるポイントを深く掘り下げて紹介する情報の方がいい。

いろんな物をたくさん飾ってある部屋よりは、いい物だけを空間に少し配置した部屋の方が落ち着く。

あくまで個人的な志向ですが。

 

日本人は「足し算」が好きな傾向があるらしい。

シンプルで実質的に良い物より、飾りや機能が多い方を選ぶ。

でもそれはある一定以上の年齢層だけで、今の若い人たちには「引き算」が結構定着している。

「引き算」ができる人は、自分の優先順位を無意識に常に持っている。

「足し算」しかできない人は、常に余計なことを気にして欲張りになってしまう。

「足し算」は誰でも簡単にできるけど、「引き算」は少し深く考えないとできない。

優れた「引き算」は、その奥にとても深いものがあったりする。

でもそれは理解されにくいので、安易に「足し算」に走ってしまう。

よく「最近の若い者は」と口にする人ほど「足し算」で生きてきた人かも。

「何も知らないくせに」と言うけど、逆に質問すると深い回答は出てこなかったりする。

広く浅い知識より範囲が狭くても専門的な知識、上辺の見た目よりその本質を知る方がいい。

欲張って何でも手に入れていく人もいるけど、それは本質的に自分のものになっているのかどうか。

子供に対して「足し算」的に多くを求めるよりも、一度「引き算」してあげればいい。

何かを少しでも極めていくには、「引き算」から始めないとって個人的に思うのです。