道路標識

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最近よくある傾向で、「あれっ?」と感じることってある。

あくまで個人的に勝手に感じる内容なのですが。

例えばカメラやレンズの技術論を負けじと主張している人は、実際どんな写真を撮っているのか。

どこそこのメーカーのカメラは良くて、あのレンズは周辺減光が酷いとか

ミラーレス以外は淘汰されるとか、高感度特性が高くないと価値が無いとか…

ものすごいメカ知識の応報で圧倒されるけど、どんな写真を撮っているのか見てみたい。

きっとスキの無い完璧な写真なのかもしれませんね。

自分の感覚を表現できるカメラとレンズで気持ち良く撮れたら

それがいちばんだと、趣味で楽しむ者としては思ってしまう。

もしかして、彼らは道具としてのカメラやレンズの愛好家?

良いカメラやレンズを持つことは何にため? って感じてしまう。

みんなが一般的に評価の高いカメラやレンズを使うと、どれも同じような写真になりそう。

写真ほど個人の感性が重要な趣味はないし、感性を磨く方が大事なような気がします。

 

例えば写真は撮ったままでないと価値がなくて、Photoshop で補正すると価値など無いと言う人もいる。

でもね、フィルム時代に自分で焼き付けをやった人なら「現像」も大きな要素だと分かるはず。

デジタル時代の現像は、「RAW」で撮って PhotoshopやLightroomで仕上げていくこと。

もちろん現像可能な範囲はデジタルの方が圧倒的に大きいけれど、基本的には同じなような気が。

写真って、自分の感性で撮りたい被写体を見つけて撮る。

そしてそれを自分の感覚に基づいて仕上げていく。

そのトータルが「写真を楽しむ」ということであって、その結果として「写真」という

自分だけの「作品」ができあがるのだと思う。

単に撮ってそれで完成形だと言う世界もとてもいいと思うけど、

そこは人それぞれの価値観で楽しめばいいだけ。

少なくとも「現像」作業って、自分が撮った写真と深く向き合う貴重な時間です。

「jpegで撮って出し」を好む人なら、それこそカメラやレンズの性能面に左右されるから

上に書いたようなメカ的な技術論が盛んになるのかも。

 

あくまで個人的に感じることですが

要は「自分は何がしたいか」で、そこが明確じゃないと何をやってもブレてしまう。

世間の一般論や評判ばかり気にする前に、自分自身はどうなのか。

そこが曖昧だと、何事も深く取り組む事はできないのかも。

「楽しむことができればいい」のは確かですが

単に楽しむだけなら一時的なもの、深く楽しむなら後に自分の財産になるのかも。

 

ある意味、上に書いた人達の「目的」が自分とは違うだけで

「深く楽しむ」という部分では相当なものだと思うのです。

方向は違っても、「強いこだわり」を持って発言や行動をする人の方が

「適当に楽しむ」だけの人よりは魅力的であると思うのです。