形にすること

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見て読んで聞いて話して、そして撮って、そうやっていろんな知識や技術を身に付け学んでいく。

そこからアイデアや発想が生まれてくる。

そこまでは、きっと誰もができる範囲なのかも。

その先、つまりそれを自分から形にしていくことは決して誰もができることではない。

学ぶことはできても、それを形にしていく事は容易ではない。

それを形にして初めて学んだことが完結していくのであって

形にしていく過程で、今度は形にしていく「術」を学んでいくことになる。

世の中にはいろんなツールや見本もある。

ネットで調べれば直ちにそれらを得ることもできる。

形にする「術」や、そのヒントは山ほどある。

そんな恵まれた環境があるのに、何も形にせずにいると学んだことはゼロに近付いていく。

 

いざ形にしていこうと思うと、意外と先に進めない。

それは学んだことが具体的になっていないからかも。

頭の中では理解しているつもりでも、それを形にするには

頭の中が具体的じゃないとできない。

何かを説明するにしても、何かを書くにしても

具体性が無いと伝わらないし、まして形にはならない。

 

例えば、せっかく学んだ技術を誰かに教えるためにガイドを作成しようとする。

そのガイドを読めば、読んだ人が自分でできるようになるという目的で。

そんな誰もが理解できるガイドを作っていくには具体性が無いと伝わらない。

何から書き始めて、どういう順番で、どんな言葉で書けばいいのか。

それぞれの作業にどれだけ時間が必要で、どんな準備が必要なのか。

その作業で注意するべきいちばんのポイントは何か、それが書いてあるとより理解できる。

すべては「学ぶ側」がそれを読んで納得し理解できるかどうかという視点で書く。

自分は分かっているから、ついつい自分基準で書いてしまうと失敗をしてしまう。

対象に応じた「書き方」ができないと形にはなってこないのです。

「書く」ということが苦手な人は多い。

一度試しに何か伝えたいことを書いてみると、自分自身の具体性が良く分かるのです。

 

ちなみに「文章を書く」ということと、「写真を撮る」ということは繋がっていると思う。

どちらも「表現する」ことや「伝える」という点で同じ要素を持っている。

個人的にとても深い写真を撮る写真家の方がいて、

その方の書く文章には独特な「表現」が込められていて奥深いのです。

その逆もまた真ですね。

 

「奥深く」という根底には「具体的に」という考えが必要だと思うのです。

そして、「具体性」がないと形にすることはできないし

仮に形になったとしても、それは内容が薄いものになってしまう可能性があるのです。

個人的には、「書く」ということを継続していくようにしています。

「書く」ことで頭の中がより具体的になる。

でないと、脳は知らない間にどんどん退化して「具体性」を失ってしまうので。